相手に、“花(華)を持たせること”できますか?

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勿論、物理的に渡す(贈る)ことは、やろうと思えばいつだってできますよね。
そして、お互いが満たされた気分になれます。
この場合は恋愛に限らず、お互いに好意があることを認識し合っていればこそです。

それが、好意も何もなく、ましてや敵意すら感じている相手に対してだったら…。
更に、渡すものは花束ではなく、自分の心に深く影響してしまうものだとしたらどうでしょう?


例えば会社員の方、手柄だったりその先に見え隠れする評価や自分の承認欲求を満たすものであれば、
かなり抵抗ありますよね。抵抗どころか、端からそんなことしようなどとは考えません。
自分のことを優先させることが当たり前となります。即ち意地や競争心です。
会社に限らす学校・サークル・コミュニティ、その他集団社会での人間関係の中で端的にあらわれます。
この意識、勿論自分を成長させるためには必要な時もあります(正の作用・負の作用、どんなものでもあります)

何を言いたいのか?無駄なエネルギーを使って悪戯に自分を消耗させない、ということです。
好き嫌い、合う合わないの感情から発する対立や単に認めてもらいたい、といったような欲求から出る競争に勝利したとしても実がある(益がある)とは思えません。簡単に言うと、勝っても負けてもどうでもいい、小さなことです。だけど、不思議とこういうことに拘ってしまうんですね。(それでよし!何の影響もないよ!という方はそのままで…(人は色々ですから…))

狙うべきは、本当の意味で自らのためになるべきことです。もっと大物のはずですよね。
仮に格闘しなければならいとするならば、こういう大物を仕留める時だと思います。

狙うべき大物が現れるまで、小競り合いには参加しないのが一番。
しかしもし小競り合いに参加してしまっていることに気づいたら、勝ちは喜んで相手に譲ることにしましょう。
慣れてない方、最初はとても苦しいしみじめかもしれません。何ったって自分が負けてしまう気分なんですから。
でも、ある時気づくんです。これって…、自分の器を広げている行為ではないのか…、と。

すると、自然と舞い込んでくるようになるんですよね。“真の得るもの”みたいなものが。
どうでもいいようなお手柄や、言い争いの勝利なんてどんどん相手に譲りましょう。

今、世の中の趨勢って、“競争”ということに以前より重きを置かないようになっている気がします。競争で勝ちえたポジションは、いつかまた新たな相手との競争によって敗れてしまう可能性もありますよね。
器を大きくして、ブラックホールのように自然に吸収しちゃう、これからはこういうのがいいのかもしれません。

勘違いしないでいただきたのは、器を広げるための真の努力は、人の何倍も必要だということです。

見ている人はちゃんと見ています(自分を含めてですよ)。

* 次回はこの意識を一歩進めた、ギブ&テイクならぬギブ&ギブ(笑)について話したいと思います。

hih



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